第10章 テクノロジーは中立ではない
第一階層(節)
1(第10章概論)
2 メディアはメッセージか
3 内省的思考
4 テクノロジーの適切な使い方
5 テクノロジーの人間側の面
6 テクノロジーを人間に合わせる
第二階層(意味段落)
1-1 テクノロジーが支配する
2-1 メディアはアフォーダンスを持つ
2-2 読書のポジティブ
2-3 読書のネガティブ
2-4 テレビのネガティブ
2-5 テレビのポジティブ
3-1 心の能力と印刷物について
3-2 構成可能な表現について
3-3 「シェークスピア・プロジェクト」と内省の関係について
3-3 内省的思考とペースについて
4-1 テクノロジーの功罪について
4-2 テクノロジーと罪悪感について
4-3 テクノロジーと社会について
5-1 人間に合ったテクノロジーの良い例
5-2 人間に合った道具
5-3 認知の道具
6-1 社会的な問題
6-2 体験的認知と罪悪感
6-3 機械中心の見方
6-4 人間中心の見方
第三階層(トピック・センテンス)
1-1-1 > テクノロジー固有の思考形式というものを押し付ける。(p.419)
1-1-2 > テクノロジーは、成功して広がるにつれ、利用する人たちの思考パターンにさらに強い影響を与え、結果として、社会全体にもさらに大きな影響を及ぼす(p.419)
2-1-1 > テクノロジーによって作り出されるメディアにはアフォーダンス、つまり、あることを他よりもしやすくする属性がある。(p.420)
2-2-1 > 読むことは内省をアフォードする (p.421)
2-2-2 > 読書は精神の集中と努力をアフォードする (p.421-2)
2-3-1 > 読書は長時間かけて内省する討論や論争をアフォードすることはない。(p.422)
2-4-1 > テレビはイベントがペースを決める (p.423)
2-4-2 > 見る人は制御できない (p.423)
2-5-1 > テレビというメディアを適切に作ることができれば、それは内省のための強力なツールになる (p.424)
3-1-1 > 心の能力を拡大する一つの方法は、助けとなるものを外から与えることである。(p.424)
3-1-2 > 読み返したり、部分部分を比較したり、構造や内容を分析したりする (p.424)
3-2-1 > 内省できるシステムにするには、ある技術的要件を満たさなければならない。それは、知識の内部表現と、その表現を調べ、変更し、比較する能力をもたなければならない (p.425)
3-2-2 > 専門用語で言うと、システムは「構成可能な」表現メディアをもたなければならない (p.425)
3-2-3 > 構成可能な表現とは、新しい表現を追加したり、古いものを変更したり、操作したりして、その結果の比較を可能にする(アフォードする)ものである。(p.425)
3-2-4 > 人間の心は構成可能なメディアなのである。 (p.425)
3-2-5 > 文字が印刷された紙そのものは構成することをアフォードしないが、ペンや鉛筆があれば話は別である。(p.426)
3-2-6 > 構成可能なメディアがあれば内省できるというわけではない。複数のアイデアを練り上げ比較対象するための時間と能力が必要である。内省ためのメディアは、そのための時間をアフォードしなければならない。 (p,426)
3-3-1 > 通常のテレビは見せるだけのイベント駆動型のメディアであり、体験的認知にうまく適合している。(p.426)
3-3-2 > 見る人がペースを決められる双方向のテレビは内省をアフォードする。(p.426)
3-3-1 > 人間の心は内省的で構成可能なメディアであるから、どんなテクノロジーも内省的なものに変えることができる - そのテクノロジーが、ペースを人間の思いどおりに調整させてくれて、内省に必要な時間を与えてくれればの話だが。(p.429)
4-1-1 > 認知の多様なテクノロジーは、知識や情報を獲得し、利用し、創り出すために役立つ力を提供してくれる。(p.430)
4-1-2 > テクノロジーはわれわれを賢くしてきた。(p.431)
4-2-1 > このことが多くの人たちが罪悪感を感じる理由となっている。(p.432)
4-3-1 > テクノロジーは、ある種の営みを促進し他のものを妨げることで、それらの営みの道徳や必要性とは無関係に、社会の行く先を左右する。(p.432)
5-1-1 > 人間にあったテクノロジーの良い例を紹介しよう。(p.433)
5-2-1 > 電卓や本のような道具は人間がコントロールできるようになっている。(p.434)
5-3-1 > 認知の道具は、要するに適切にデザインするのが難しい (p.435)
6-1-1 > 難しいのは技術的な問題ではなく、社会的な問題である。
6-2-1 > テクノロジーは、ドラマティックな効果を狙うために使われ過ぎている。(p.435)
6-2-2 > 死に至らしめる快楽のためにテクノロジーを利用する (p.436)
6-3-1 > われわれは快楽を課す以上のことを自分たちに対してやってきた。(p.437)
6-4-1 > われわれは機械に従うことはできない。いや、従うべきではない。(p.437)